■法教育に思う。

ひょんなことから、知り合いになった小学6年生生とこの前話をしていたら、弁護士という仕事に関心があって、なにか法律の本を貸してくれという。
自分がいままで法律書として一番感銘をうけたのは、尾高朝雄教授の「法の究極にあるもの」と小林直樹教授の「法理学(上)」なのだが、どうかんがえても、小学生には不適当である。今日日こういった本は大学院生くらいしか読まんと思う。

いろいろ家の本棚を物色したが、小学生に貸すのは不適当な本しかない。どうかんがえてもL○Cのテキストなどは、小学生にはいかんだろう。

ということで、わざわざ本屋にいって、小学生向けの法律の本はないだろうかと物色をした。
結構大きい本やでったが、そんなものは一切ない。食物とか、歴史とか鉄道とか・・・。結構ほかの分野の本はいっぱいあるにもかかわらずである。

しょうがないからアマゾンでいろいろと探す。なんとか、それらしい本を見つけるもの「なんでこんなに子どもさん向けの法律の本ってないんだろう」

いちおう、「法教育」という分野があっていろいろと研究・実践はあるみたいである。だいたい2つの流れがあるらしく、「法律というのはきまりだから守らんといかん」という法教育=規範教育的な立場。もういっこは「国民主権なんだから、あなたたちは主権者なんです。だから、権利を主張しましょう。」という法教育=主権者教育という立場である。前者ばっかりやると、子どもたちは「うざいな」と思うだろうし、後者ばっかりやると「だったら、権利ばっかりガンガン主張して、デモでもストでもガンガンや
ろう」ということになるのであろう。どちからかというと私の考えは後者にちかいのだが、どっちもいきすぎるといかん。そもそも、法律というのは、なんであるかとか、なんで守らんといかんとか、せめて、ルソーの社会契約論あたりにさかのぼって説明する教材が必要だろう。

このままいくと、優秀な小学生、中学生は法律家の道を志すことなくほかの道にいきそうな気がする。法律専門家のさらなる努力が必要である。それが、参審制成功ももたらすであろう。