あー。元号。

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あー。元号

最近、たまたま古本屋でみつけた本で、考えさせられる本があった。「元号裁判」という本である。佐野洋先生という作家がお書きになった小説で、元号でなくて西暦を使うことを思想信条とする主人公が、自分の免許証の昭和を黒く塗りつぶし、西暦に書き換え(これは、罪にならないらしい)、友人の免許証の昭和を黒く塗りつぶし、西暦に書き換え(これは私文書破棄になるらしい)、罪に問われたという話である。

この小説を読んで元号とはなにかをあらためて深深と考えた。

別に暦は、西暦でもよいし、イスラム暦でもよいわけである。なんなら、ロシア革命を一年とかぞえてもよい。

これは、この小説をよんでえた知識であるが、日本も昔は、神武天皇が即位した日を紀元としていた。いまでも、法令上は、閏年の定義を定めている「明治三十一年勅令第九十号(閏年ニ関スル件)」といういまでも有効な法令があって、閏年の計算の根拠を「神武天皇即位紀元年数」をもとに定めている。もしひまな人がいれば、総務省様の法令データ提供システムhttp://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxsearch.cgiから検索してほしい。神武天皇とうことばが出てくる法令が現在も有効なのである。あー。この手抜き。元号法とかを決めるときに、あわせて改正すればよかったのに・・・。

わたくしの友人で、免許の申請のときに、用紙にあらかじめプリントされている平成の字を消して、警察の窓口にもっていったら、「余計なことをするな」といわれた人がいた。

元号法ができる前は、根拠はなかったはずだし、国会でもそういう見解が述べられていたはずである。

まあ、でも人により、イスラム暦を使ったり、平成を使ったり、ロシア革命暦を使ったり、神武天皇即位紀元暦を使ったりするとそれはそれで面倒。

提案だが、1945年を元年と数えるとかできないものだろうか。それが、一番、実感に即しているとおもうだが。たとえば、今年だと、「戦後64年」。